『正法眼蔵随聞記』の勉強会 55、2022年5月8日

  • 2022.05.11
『正法眼蔵随聞記』の勉強会 55、2022年5月8日

『正法眼蔵随聞記』の勉強会は毎週日曜日8:10〜より行います。
詳細情報:https://muhone.hatenablog.com
今回の資料:
https://drive.google.com/file/d/1jak27OvOmTevXdnV0NN0qfVaT1meha5w/view?usp=sharing

Chat:
00:11:15 Yu Shima: おはようございます。こちら快晴です。
00:11:55 火童: おはようございます。こちらも晴れています。
00:13:39 Chiaki: 皆さま、おはようございます😄
00:15:09 Kei-ichiro Imazai: おはようございます
00:15:34 mori: おはようございます。
00:16:02 MINODA Hd: おはようございます♪
00:17:00 Manabu Okumura: おはようございます。
00:18:51 Kei-ichiro Imazai: VOGUEに載っていいそうな感じ。
00:20:10 Kei-ichiro Imazai: 聞こえます
01:00:28 Kei-ichiro Imazai: 坐禅する人がわかろうがわかるまいが、とにかく坐れば、あとは己の計らいを超えて、他力的に仏道を歩まされることになるというオプティミズムを感じます。現代風に言えば、批判の多いマインドフルネスをビジネスのためにやり始めても、本人の思いを超えてだんだん本来の坐禅に近づいてしまうという感じでしょうか。とにかく坐れば良いのでしょう。
01:35:29 崎川: すべてが環境次第! という考え方は、最近言われている 親ガチャ とも近い気がしました。
01:41:31 火童: PC落ちちゃった
01:42:24 火童: 他力は既に来ていますよね、正法眼蔵随聞記という形で。それでもなお放っておきますというのは放逸ではないか?
01:45:08 Kei-ichiro Imazai: 一周回って、坐って思いを受け流し続ける状態では、無理に抑え込んでいるわけでもないし、想いに振り回されているわけでもないですよね。だから自由になるのだと思います。もちろん、意思の自由性ではありません。ややこしいですけど。
01:46:52 火童: 自ずから発心が起こるまで待つ、というのは放っておくの意味が異なるように思いますね。
01:47:04 崎川: 自分を変えようとする自分はいつでもいるのですが、、、、ありのままの自分との相克は感じます。
01:48:14 Kei-ichiro Imazai: 無粋な話ですが、結局外部からの刺激と内部の記憶や経験があって、発心が生じるのであれば、やはり他力のように思います。
01:48:28 Kei-ichiro Imazai: ありがとうございました。
01:48:30 mori: ありがとうございました。

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